摺の衣ー自然をいただく染め

本州、四国、九州、沖縄、東アジアの山地に群生する多年草。タデアイと違いインディゴを含んでいないので青色にならない。
いにしえの人々にとって、植物はただ眺めるものだけでなく、身にまとい、その力を受け取る存在でもありました。草木が成長し花が咲き、果実が実るのは、草木に宿る精霊(木霊)の力によるものとし、その生命力を取り込もうと、身につけ、染め、髪に飾るなど接触的な関わりを持ったと考えられています。また、花や青葉などは見るだけでも効果があるとされていました。
◆摺染と浸染
記紀、万葉集では、摺染と浸染の2種の染めが見られます。「浸染」は植物の煎液に布を浸して染める方法で、薬草の利用から転化したと考えられています。中国から伝わり、日本の染織技術を飛躍的に発展させました。
一方、植物の汁を布に擦り写し取る「摺染」は、それ以前から行われていた最も原始的な染めの1つです。この染めがどの様に行われていたのかを実証する資料は残されていませんが、その痕跡を辿ることは出来ます。
◆ 記紀の中の摺染(青摺・丹摺・榛摺)
摺衣の初出は古事記にあります。
〈仁徳記〉その臣、紅紐著けたる青摺りの衣を服たりければ、水潦紅紐に触りて、青皆紅色にかわりぬ。(水たまりに紅紐がぬれ衣の青が皆赤くなってしまった)
〈雄略記〉赤猪子の泣く涙、そのけせる丹摺の衣をことごとにぬらして、
〈雄略記〉又一時、天皇葛城山に登りいでませる時に、百官人ども、ことごとに紅紐つけたる青摺の衣を給わりて服たりき。
上記から、青摺の衣は天皇から下賜される衣であること、赤猪子は女性を指す事から、女性も摺衣を着用していたこと、また水で容易に色が溶けてしまっていることが確認出来ます。

また、日本書紀では、竹市皇子が天武天皇から榛摺の衣と錦の袴を賜ったということ、物部氏と蘇我氏の戦いの最終決戦地が「衣摺」という地名(現在の東大阪市衣摺を指す)であったなどの記載もあります。
青摺はヤマアイ、丹摺は赤土、榛摺はハシバミ、ハンノキではないかと推測されています。
◆ 万葉の摺染
万葉の時代になると摺染は、庶民生活の中に溶け込み、榛、萩、露草、杜若、土針、こなぎ、埴生などが詠まれ、表現も、摺る、染む、にほはす、色どる、うつすなど多彩多様となって来ます。
1. 花摺り
【露草】古くは「つきくさ」と呼ばれ、「月草」や「着草」とも表されました。
花弁の青い色が布などに着きやすいからとも言われています。この花の美しさは魅力的で摺染にも多く用いられましたが、染まりやすい一方、水に濡れるとすぐ色が落ちてしまいます。この性質が、心変わりや、はかない恋心のたとえとして詠まれました。歌からは、当時の模様が斑であったことも分かります。
月草のうつろひやすく思へかも我が思う人の言も告げ来ぬ(4-583)
月草に衣ぞ染むる君がため斑の衣摺らむと思いて(7-1255)
【杜若】
杜若衣に摺りつけますらをのきそひ猟する月は来にけり (17-3921) 大伴家持
この歌に詠まれている狩りは、薬狩りのことで、主に5月5日に野山に出て薬草や鹿の新角(袋角)を採取する行事のことで、伝統的な衣服として摺衣をまとっている様子が覗えます。

滋賀県草津市を中心に江戸時代から栽培され、水に溶けるという特質を利用し京友禅の下絵を描く染料になる青花紙の原料となった。
| 2.色土摺り |
【黄土】
草枕旅行く君と知らませば岸の埴生ににほはさましを( 1-69)
岸の埴生は単なる土ではなく、住吉の岸にある黄土で、住吉は海路の要地で海の神を祀る土地でもあり、霊力が宿るとも言われていました。この歌には、旅立つ人にその力を添え、無事を願う気持ちが込められていると考えられます。にほふは、色の美しく映える、色づく、染まるなどの意味に用いられています。
3.葉摺り
【榛】
思ふ子が衣摺らむににほひこそ島の榛原秋立たずとも (10-1965)
思う人の衣を榛摺で美しく染めてあげたい。そのために、本来の秋を待つのではなく、今すぐ染められるほど色づいておくれ。榛は、現在ではハンノキ類、ヤシャブシ類の枝葉、果実を指していると考えられますが、萩(芽子)だという説もあります。
◆ 摺染の技法
摺染には、木や石の上に布を置き草木などを直接擦り付ける原始的なものから、木版を押す印し染め、後世の版画の手法に近いものまでありました。富山県北高木遺跡から奈良時代末期の染色用版木が出土しています。
◆ 青摺染をしてみよう
ヤマアイの葉を使って実験をしてみます。葉の緑色(葉緑素)は水に溶けにくいので浸染としてではなく、直接擦り込む事で色を付けることが出来ます。鮮度の良い葉で摺ったものは、思ったよりもしっかり色がつきます。色々と現代風にアレンジしてみるのも楽しいです。
版木摺り
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鮮度の良い葉を利用する。すぐ使わない時は
冷凍しても良い
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固定する。摺った葉を木綿(中わた)に湿らせてタンポの様にし、凸部の部分を上から叩いて模様を出す
型摺り
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(マスキングテープで固定する)

液を刷毛につけすぎないのが
ポイント

◆ 現在に伝わる摺染
摺染に関する記載は平安末期から次第に影を潜めますが、摺るという技法は、型紙を用いて色を擦り込む方法へと形を変え受け継がれていきました。
庶民の暮らしに息づいていた摺衣は、今も宮中祭祀の小忌衣の中に面影を残し、その青摺には京都の石清水八幡宮のヤマアイが用いられているとされています。草木の色をいただいてきた古代の祈りは、今も静かに息づいています。
(次回 植物が染まる仕組み~浸染~)

参考文献:古代染色二千年の謎と秘訣(山崎青樹)、王朝摺染に関する一視点(杉野女子大学研究紀要第15号・吉村貞司・中村典子)、染司よしおかに学ぶはじめての植物染め(吉岡更紗)、万葉集の服飾文化(小川安朗) 文、写真、作品 永井智津子