飛鳥・奈良時代における紫草

撮影 井形啓己 2021.8.24
日本の色彩史には、2つの大きな山があります。一つは、自然に寄り添いながら生まれた、飛鳥時代から平安中期ごろまでのもので「万葉の色彩」とも呼ばれます。同時に律令国家の制度の中で色が大切な役割を担った時代です。もう1つは、武家政治の元で、人々が生活のために必要に応じて作り出してきた、鎌倉~江戸時代までのもので、模様や織りを通して花開いた庶民文化のことを指します。
衣服の染色がいつ頃から行われたのかというのは定かではありませんが、弥生時代の吉野ヶ里遺跡から、透目絹・染色された絹(茜・貝紫)・麻布などが、古墳時代(3世紀中頃〜6世紀頃)には、色彩豊かな縞織物(倭布)(下池山古墳・初期)、蘇芳系染料や朱・ベンガラ等で染めた絹(藤ノ木古墳・後期)などが出土されています。
最初はおそらく草や木、土など「身の回りの色」を布にこすりつける、とても素朴な方法だったと思われますが、やがて大陸から養蚕や織物、染色の技術が渡来し、染織技術は大きく発展していきました。
◆ 位と結びついていく色の制度
飛鳥時代に制定された「冠位十二階」は、律令国家形成への第一歩ともいえる制度で、家柄ではなく能力や功績を重んじ、その地位を冠の色で示そうとしたものですが、この時点ではまだ色の決まりは定まっておらず、日本書紀にも、冠を「当色の絁」で作ると記されるにとどまっています。
その後、七色十三階、冠位四十八階と制度は次第に発展し、718年(養老2)制定の養老令・衣服令(757年施行)をもって、ようやく位に応じた袍の色が明確に定められました。一位を深紫とするように、位と色との対応が整えられ、深紫・浅紫・深緋・浅緋・深緑・浅緑・深縹・浅縹・黄・橡といった色が用いられるようになっていきます。

◆ 紫草が支えた紫の文化
上位の色とされる紫の歴史は古く、紀元前16世紀のフェニキアでは、すでに貝紫による染めが行われ、希少な色であったことから、天上の色、皇帝の色として畏敬されました。一方、中国では、古代の皇帝が紫草の根で染めた衣を愛し、その染色法が伝わった日本でも、紫を尊ぶ思想が受け継がれていきました。
紫草は、現在では絶滅危惧種に指定されていますが、古代の日本では山野の各地に自生していた多年草でした。根は赤紫色で太く、地中にまっすぐ伸び、6月ごろには白く小さな花を咲かせます。群生地では、周囲の土まで紫色に染まると言われるほどだったそうです。薬草としても重宝され、野生のものだけでは足りず、次第に栽培されるようになっていきました。正倉院文書の『備後国正税帳』には、紫草を育てる薬草園があり、そこで採れた紫草を税として都へ納めていたことが記されています。
万葉集にも「茜さす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」という額田王の有名な歌がありますが、この「標野」は、縄を張って立ち入りを禁止した場所のことで、大切な植物として皇室が保護していた様子がうかがえます。
紫根の赤色の色素はシコニンと呼ばれ、酸性で赤、アルカリ性で青色になります。70℃以上に加熱すると変色するのでぬるま湯の中で突いたり揉みだしたりして抽出し、椿灰を媒染剤として、染液と交互に浸けていくことで色を定着させます。
「紫は灰さすものぞ海石榴市の八十の街に逢へる子や誰」(万葉集 12-3101)(歌垣で詠まれたもの。海石榴市は、つばきち(現在つばいち)と読み、灰さすものぞがつばきち(椿)を導き出す)でも分かるように、この染色法は古から知られていました。

◆ 試験染めで探る、紫根の紫
では、紫根の紫とはどの様な色なのでしょうか?貴重な根を分けて頂き、延喜式(927年、養老律令の施行細則)を参考にして、酢、椿灰を用い試験染めを試みます。(布の重さの500%の紫根が必要。今回は布20gに対し紫根100g使用)


湯に米酢を入れて手で揉みだす。
(湯1ℓに5cc)


(布の重さの50%の灰を熱湯に入れて漉したもの) → 洗う

(だんだん青紫色に変化する)

青みが増す(サンプル絹)
2026.4.18 千葉県市川市
※ ②~④を繰り返すごとに徐々に青紫へと変化します。
※市販の乾燥した根を使用する際は、上記では色が出にくいためエタノールを用いることもあります。(シコニンはアルコールに良くとけるため)※赤紫にしたい場合は、椿灰の代わりに焼き明礬を使用します。
実際の仕上がりはやや淡い紫となりましたが、紫草ならではの色の気配は感じていただけたでしょうか。

都から離れた武蔵・上野・下野・信濃といった関東や中部の内陸地域でも紫草は育てられていました。
「紫の一本ゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る」(古今和歌集 17-867)(たった一株の紫草があるために、武蔵野に生えている草はすべて愛おしく思われる)古の人々に特別な思いを抱かせた紫草は、時代をこえた今も、多くの人の手で大切に守り育てられています。(次回 和歌に詠まれた染めの世界)
参考文献: 日本の色・ 植物染料のはなし(吉岡常雄)日本の色を歩く(吉岡幸雄)染太郎の口伝帳(北澤勇二)古代染色二千年の謎と秘訣(山崎青樹)新版草木染(山崎和樹)文、写真、作品 永井智津子 (イメージ画一部 AI)