~古の色を求めて~ 草木染ことはじめⅠ


古代の色彩(縄文人と赤漆)

藍(葉)刈安(葉・茎)ヤマモモ(樹皮)ザクロ(果皮)紅花、ウコン(根)インド茜(根)ミロバラン(実)蓮(葉・花托)ヤエヤマアオキ(根)スオウ(幹材)阿仙薬(ガンビール葉・枝)紫草(根)

草木染と聞いてどんな色を思い浮かべますでしょうか? 少しくすんだ穏やかな色をイメージする方も多いと思いますが、実際の古の色は、堅牢度も高く鮮やかなものであったと考えられています。

1856年イギリスのウィリアム・パーキン博士が赤紫の色素モーブを発見して以来、今は合成染料の時代ですが、それまでは世界中の人々が同じ様に植物や貝、昆虫などの天然染料を用いて染めていました。その歴史を少しずつ探って行こうと思います。

人類が最初に用いた色は赤であったと言われています。古くから世界各地で、赤土(オーカー)の様な鉱物が使われて来ました。赤は血や火の色を連想させ、再生にも繋がることから、埋葬時の遺物によく見られます。言語でも西洋ではred (英) rouge(仏)の様に多くが「R」で始まりますが、これは印欧祖語の「reudh-(血のような赤)」が語源とされており、一方、日本語のアカ(アケ)は太陽によって1日がアケル。明るいという意味から出たとされています。

◆ 縄文の暮らしを彩った色

では、日本ではどの様な色が使われていたのでしょうか?縄文時代の遺物からは、赤、黒、緑などの色が確認出来ています。顔料(ベンガラ・朱、木炭・炭、粘土など)を直接または漆に混ぜて彩色したり、色目の石(鉄石英、玉髄、ヒスイなど)を身につけたりしていたと考えられますが、赤はこの中でもやはり多用された色でした。

◆ 弁柄と丹、二つの赤

この時代の赤は、主に弁柄と丹に分けられます。

弁柄】酸化第二鉄を主成分とする赤土弁柄と、鉄バクテリア起源のパイプ状弁柄の二種類があり、丹に比べて採掘や精製が容易で無害であることから、実用的な赤として広く用いられ、魔除けの意味合いをもって化粧や入れ墨などにも使われていました。

丹/朱(辰砂)】火山活動にともなう熱水鉱床として形成され、精製によって水銀や朱を得ることができる鉱物で、古代中国では不老不死の薬として珍重されました。日本でも【丹】を生み出す「丹生都比売大神」を祭神とする神社が、今なお全国に180社ほどあります。鮮烈な赤を放つ一方で、産地が限られ、精製には危険をともなうことから、命の力が凝縮した特別な物質と考えられ、主に祭祀や葬送など神聖な場面で用いられました。

なお、弥生時代以降に伝来した鉛丹は、主に平安時代の建築物の朱色の柱に使用されています。

赤漆(弁柄)
辰砂 :USGS(Public Domain),via wikimedia Commons

◆ 赤漆と縄文のものづくり

日本で確認されている最古級の赤い遺物は、約9000年前の北海道函館市・垣ノ島B遺跡から出土した赤漆ですが、縄文時代の優れた工品の例としては、鳥浜貝塚から出土した赤漆塗りの櫛がよく知られております。ヤブツバキの木を丁寧に削って作られたこの櫛からは、当時すでに高い技術が育っていたことがうかがえます。

東京都東村山市の下宅部遺跡は、縄文後期の漆づくりの様子を具体的に伝える貴重な遺跡ですが、ここからは、土器や漆器、弓などの漆製品だけでなく、樹液をためたり精製する際の土器、顔料をすり潰す摺石や石皿、塗布の際の道具類まで出土しています。顔料には丹が多く使われており、関東には鉱山がないことから、その調達には遠方との交流もあったと推測されています。さらに、漆掻きの痕跡が残るウルシの杭も見つかっており、漆の採取から仕上げまでの一連の工程がこの界隈で行われていたとも考えられています。

土器制作イメージ(AI)

漆製品を作るためには、良質の樹液を得るための大量のウルシの木と、その栽培・管理が欠かせません。さらに、漆を塗るための土器や、精製に使う目の細かい布、赤色顔料の調達など、さまざまな技術があらかじめ発達していないと成り立たないものです。そして彩色自体にも、粒の大きさの違うものを組み合わせるなど、発色をよくする工夫がなされていました。

こうした漆づくりは、食料の確保に直結するものではありません。それでも多くの手間や時間が注がれていたことは、当時の社会の安定さと、赤漆の製品自体が特別な価値を持っていたのではないかと言うことを物語っています。

ウルシ  茨城県久慈郡太子町 
 2025.11.2 
漆掻き 茨城県久慈郡太子町 
2025.11.2

彩文朱塗り淺鉢型土器(亀ヶ岡遺跡)世界遺産縄文展(群馬県立歴史博物館にて撮影 2026.2.13)

縄文時代から弥生時代へと移り変わっていくなかで、北海道南西部から東北地域にかけては、さらに人や物の交流が盛んになり、新たな文化圏である「亀ヶ岡文化」を作り出しました。その後東北を中心とした漆の出土は大きく減少していきますが、遠く離れた九州の雀居5次遺跡(福岡)から、赤漆の東北系土器が出土されています。弥生時代になると漆製品は機能を高める素材として徐々にその役割を広げて行きます。(次回 飛鳥・奈良時代における紫草)


(参考文献:「染織 染めを知る」京都芸術大学、「縄文人の植物利用」国立歴史民俗博物館、「日本の色のルーツを探して」城一夫、「赤の民俗学」戸矢学) 文、写真、作品(永井智津子)(一部イメージ画像 AI)


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