NPO 法人千葉県森林インストラクター会 | |
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事業区分:緑を楽しむ講座 千葉 | 活動分野:自主事業 |
開催日時:2025年 9月25日(木)10:00~14:30 | 活動種類:その他 |
開催場所: 木下地区(印西市) | 受講者:17名 |
活動概要
猛暑がおさまり、まさに利根の川風に吹かれ日和の中、木下(きおろし)で、江戸の昔に展開された出来事を話しながら歩きました。
木下のすぐ北側には流域面積日本一の利根川が流れています。江戸時代、この利根川の堤は低く、増水するたびに水害を引き起こしていました。人がほとんど住んでいなかったこの辺りの干拓が始まった頃に六軒厳島神社が建てられました。後に水神社が合祀され、弁天様も祀られて、手賀沼に続く低湿地帯に住んだ先人たちの祈りが伝わってきます。


江戸時代に掘られた弁天川沿いに歩き、利根水郷ラインを渡ると利根川の広く高い土手に出ます。木下周辺の初期の堤防工事は明治の終わりから大正初めに行われました。なんとすぐそばの庚申山と言う丘を崩して土取場とし、レールを敷いてトロッコで運搬した土砂を使ったもので、木下貝層の貝化石も大量に埋まっているそうです。


さて、江戸時代、利根川の低い堤には川の港である河岸(かし)がありました。木下河岸もその一つ。江戸の庶民文化が花開いた時代、東国三社詣でが流行ると、江戸方面からの観光客は木下街道を歩いてきてここで船に乗り換え、下利根方面へ物見遊山に行きました。木下河岸は江戸への物資運搬、参勤交代や年貢米も扱われ、河岸の周りには多くの人が移り住んできて生業を立て、賑やかな河岸場となっていました。

江戸時代に描かれた木下河岸の図会
そんな時代を思いながら歩く水辺には穂を出した植物が揺れています。
弁天川沿いではマコモの花が間近に観察できました。土手にはセイバンモロコシ。今、最も勢いのあるイネ科植物の一つではないでしょうか。乾燥地にも群落を作り、ススキなどの在来種の生育場所を奪ってしまっています。
水辺を離れて丘に登ると、12万年前頃の海だった時代に貝殻が堆積し地層となった木下貝層を見ることができます。木下層産ではありませんが、同じ県内の下総層群の砂採り場で採集したアカニシとトウキョウホタテの化石の実物を触っていただき、貝層の成り立ちを解説しました。
最後に木下街道の起点を物語る「右江戸」などと掘られた道しるべを確認して帰路に着きました。







講師 (チーフ講師:髙橋 美由紀 アシスタント講師:西村 安正、髙橋 和枝)
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